ベランダから撮影 |
何だか今年の桜は
いきなり満開だったような。
家から出ない日が多いのでそうとは気づかず
ある日ふとベランダから真下を見たら
いきなりこんなだったからびっくり。
さっそくカメラを持ってエレベーターで降りる。
上から見た桜は下に降りて見るとこんな感じ |
広場の方へとつづく |
埼玉からこちらに越してきて
かれこれ5年。
前に住んでいたアパートもとなりが小さな公園で
大きな出窓からよく木が見えたのだけれど
ここはそれ以上にたくさん。
中でも桜の木が多いので
特にこの時期はここに住む幸せを実感します。
建物の北側の桜 |
けれど万物は流転する。
こんなにたくさん桜の木があるようで
実は現在は2年前の半分もありません。
もともとこの辺りは
50年以上前に作られた大規模住宅群ということもあり
ここ最近はは古くなった建物を順々に建て替えていたり
更地にして他のマンション会社に売ったり
そのせいで本当にたくさんの木が切られてしまいました。
(もちろんソメイヨシノの寿命の問題もあるけれど)
悲しいことです。
ずっと見上げていたくなる |
とはいえ
供給側は供給側でやっていかねばならないわけだから
桜を切るな
やたら建て替えるな
快適に住ませろ
でも家賃は上げるな
・・・などと
こちらの意向ばかり押し通すのは
まかり通らないわけで。
もちろん安くない家賃を払ってもいるので
「もうちょっと上手く運営してよ」
と言いたくなったりもするけれど
「イケイケドンドン」の時代ではないから
それも何とも言い難い。
何処も厳しいのだろう。
視界が桜で埋めつくされる |
ほんとうはだれも桜を切りたくなんかないのに
あちら側やこちら側のいろんな都合で
結局それを木が引き受けることに。
昔のマンガやエンタメ映画のように
「どこかの悪の帝国の王様」が悪いことをしているのなら
ずいぶんわかりやすくて簡単なのだけれど
現実に起きる悪いことは
突き詰めていくと自分もたいがい無関係ではない。
来年も見られますように |
誰かを責めるのではなく
自分を責めるのでもなく
外と内を見つめて
どんなにささやかであっても
善きことにつながるために自分ができることを考えること
そして一歩踏み出すこと
それが大切だよね
などと
桜を見ながら思ったのでありました。